日程
2024年11月01日(火)
行程
12:09千歳船橋駅
↓
15:57大崎駅
感想
前回暑くて断念した品川用水の残りを歩いた。
時間もそうかからない予定だし新しく手に入れた靴の鳴らし歩きも兼ねてちょうどいいと思って。
ゆっくりおきて昼から歩く。
千歳船橋周辺、ちょっとアップダウンがある。特にガードをくぐった先、千歳通りが左に曲がるあたりは上りになっている。これだと水は流れないのじゃないかな。千歳船橋駅周辺を掘ったのか、別のところを流れていたのか。
千歳通りの先農大方面に歩くと、石積みが続く。これは用水が流れていた時からあるとする書き込みがあったけど、そう言われればそうかなとも思う。ただそこまで古そうじゃないんだよな。
なんとなく用水の雰囲気がある場所がところどころあるけど痕跡はほぼない感じ。道は細くて用水っぽい感じが残っているところが多く、想像しながら歩くのは楽しかった。
野沢で環七から学芸大学方面への道の途中に地元の人が書いた案内があった。用水を利用した水車があったそうだ。バス停で水車橋という名前が残っている。確かに落差が取れる傾斜でそれを利用した水車だったのではないかと。
臼や木製の歯車など水神様のお社周辺に残っていた。これは立派な痕跡だった。
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水車橋バス停。写真だと分かりにくいけど結構下っているので落差が取れる。 |
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地元の方の案内板。色々情報があって役に立った。 |
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ここで使われていた臼。動いている時は何個かあったみたいだ。 |
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木製の歯車。案内板にもあったけど、歯がだいぶすり減っている。 |
清水池公園には移築した橋がある。だけど現地には案内書きもなく、公園の水路のために作った橋のような感じになっていた。
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この壁を見るとこの前を水路が流れていたんじゃないかと思う。このお宅こちら側に出入り口があるけど、向こう側の道にも出入り口があってそちらが正面っぽいのでこちら側は水路埋め立て後道になって作ったような気がする。 |
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ここらあたりで水路がいくつかに分かれていたらしい。 |
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このお地蔵さんや道標は元は水路近くにあったもよう。 |
武蔵小山近くで品川内で使うために多くの分水があったようなので、今回は大崎までのルートを辿ってみた。目黒川の低地に向かって大きな落差ができるところがあり、そこにも水車があったそうだ。地形は適した形だなと思って歩いたが、ふとみたら臼のようなものがあった。本当に臼かどうかわからないけど、往時を想像するには十分だった。
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最後に目黒川の低地への下り。写真だと分かりにくい。 |
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これは臼かな。そう思っていた方がワクワクするのでそう思います。 |
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最後に目黒川に合流。向こう岸から入っていた。それにしても大崎周辺が様変わりしていてびっくり。 |
今回のルートは尾根的な高台の端っこを選んで用水が引いているのを実感できた。ふと路地を見ると下がってるな、こっちの用水跡は高台だとわかるところが多かった。
なるべく品川まで高度を保ちながら到達しようとしているのがわかる。
痕跡は少ないが地形を楽しみながら歩けた。街歩きも好きだけど水路跡だとずっと同じテーマで歩けるので楽しかった。
品川用水とは関係ないけど駒沢給水所の双子の給水塔は良かった。願えればもっと近くでまじまじとみたかった。
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駒沢給水場の双塔の給水タンクは意匠も凝っててかなり趣がある。大正時代にできたようなので、その当時は品川用水が流れていたはず。 |