日程
2026年1月16日(金)
感想
JREバンクの特典でどこかにビューンの必要ポイント割引券が定期的にもらえるので、どこかに行こうと決めた。候補はくりこま高原、上田、浦佐、さくらんぼ東根で申し込んだ。一番に浮かんだことは只見線の未乗区間を乗ることだったので浦佐が入った候補を選んだ。残念ながら浦佐ではなく上田になった。上田も街をゆっくり歩いたことがなかったので、いいとは思っていたけどどこに行ったらいいのか。とりあえず上田城はと思っているうちに別所線を思い出した。朝があまり早くなく11時前に到着で夜は21時半ぐらいに出発。とりあえず最初にお城周辺に行って、別所温泉につかりに行こうと大雑把に決めて出発。
予定通り10時半ごろに上田駅到着。どこ行っても六文銭だ。前に車できた時にちらっとみた気もするけど、しみじみ見るのは初めてかもしれない。
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| 駅名の左脇も六文銭。 |
上田駅から河岸丘に行く道は鉄道駅が出来てから作られた道らしい。それまでは駅側は川がちで集落のメインは河岸丘上だったそうだ。駅前はビルが多く、丘上は低い建物が多い。
町中にそういった看板が多く楽しい。そんな観光地図を見ていると、お城の手前に上田藩主居館跡があるということでそちらによってみる。
門と土塁などは作られたときのままのようだ。屋敷の敷地がそのまま上田高校になっいて、門は高校の門として使われている。かっこいい。真田信之が藩主になった時はお城を再建せずにここで滞在したそうだ。お城の再建しなかったのは徳川家康に忖度したのかな。
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| かっこいいねぇ。自転車は通りにくそうだけど。 |
脇に校歌が掲示されていたけど、それもすごい。作詞は国漢教師のもので作曲は(兎追いし〜の)故郷を作曲した岡野貞一氏ということだ。webを検索すると卒業生の方が色々考察されていてそれも面白かった。さすが県下有数の進学校。卒業生の方の実力も感じた。永六輔氏も出身だそうだ。
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| 2番は真田氏の活躍を歌っているし3番はこの門を歌っている。簡潔にかっこいい。漢詩的な感じ。 |
お城に向かっていると観光会館の裏側にモダンな建物が。図書館などで使われていた大正期に作られた建物ということ。いい感じなんだけど耐震性などの関係で今は使われていないみたい。今後どうなっちゃうのか。 |
| 大正期の柔らかい感じが出ている建物だそうで、確かにそんな感じ。 |
ここからすぐ城址公園になる。城址公園は二の丸と本丸で、今歩いてきたところは三の丸だった。二の丸への橋を渡ってすぐ左手で旧市民会館の解体が進んでいる。老朽化もあるけど、城址の整備もあるみたい。東虎口や武者溜まり、三十間堀なんかが再現されるらしい。
まずは市立博物館へ。本館と別館に分かれている。貴重な甲冑や手紙などが展示されているが、私はあまり興味なく「ふんふん」と言いながら一通り見る。上田の勢力圏の周辺がどのように変わったのかの地図を見ると、こういう中で自分の領地を守っていくのはやっぱり大変だったんだろうと、もう一度真田丸を見たくなった。上田に来たので上田城を見ようと思ってきたけど、私の真田氏の知識はほとんど真田丸だけ。でもそれだけに上田城は興味深く見た。でも東虎口櫓門をみた時は陣内家の門だ!と喜んだ。櫓の礎石があったり、鬼門の角を落としてあったり。真田氏、仙石氏、松平氏とおさめてきたけど、今のお城の形は仙石氏が作ったところが多いらしい。真田氏の時のものはほとんど残ってないみたいだ。堀や土塁の場所は変わってないみたいだけど。堀の中から真田氏時代のしゃちほこのかけら、それも金箔付きが出たのでその当時は天守もあったのかもと考察されていた。南側は千曲川が城下を流れていて鉄壁といっていいような守りだけど、上に上がると東西北は比較的なだらかで、徳川の大軍勢を退けたのはどうやったのか興味がかなり湧いた。
それにしてもお城の写真を一枚も撮っていない。十分堪能して帰りに二の丸橋を渡って下を見ると遊歩道脇に説明看板が立っていて、よく見えないから堀跡の遊歩道まで降りてみた。そしてらこの遊歩道は真田傍陽線が通っていた跡だそうだ。そう思ってみると二の丸橋の脇についている使ってない碍子はその当時のものに見えてきた。というかこの何気なく飛び降りた段差がプラットフォームだったと帰ってから調べてわかった。
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| 背が高く鉄道用とわかる形。昭和初期に作られた橋だから多分そう。 |
城址公園のすぐ前にある上田市観光会館へ。お土産はくるみ浪漫と美味だれ、真田紐、そして受験生がいるので「落城しないノート」を購入。大手通りを歩き商店街の方に。大手門公園のところで道がクランクしている。大手門の枡形がよくわかる。ここから先は電線地中化が終わっている。お城周辺を先にやりそうだけど、なんか大人の事情が絡んでいそう。
昼食は上田のあんかけ焼きそばを食べようと決めていた。昼食時は混みそうなのでもう少し後に行こうかと思ってたけどお腹がすいた。福昇亭は本日臨時休業。それならばと日昌亭へ。どちらがいいか決めかねていたので選ぶ手間が省けて良かった。3、4組待っている感じだったけど回転が早いのか、一人だったのでカウンターが空いて先に案内してもらえたのか10分ぐらい待って席に。単品もあるけどセットも充実。焼きそばと小ラーメンというのはどうなの?麺と麺だよと思ってたけど食べた後なら納得できる。焼きそばは麺という感じではなかった。ちょっと悩んで焼きそばと小ワンタンにした。すぐ運ばれてくる。ワンタンのスープは懐かしい感じの味で、一番好きな味だった。で、焼きそば。あんかけ焼きそばなんだけど、麺は細麺で柔らかさと硬さの中間。なんというかモサモサ。こういうと貶しているようだけど、これがあんと絡まってかなり美味しい。餡は野菜とかの味が染みて美味しい。酢からしを自分で作ってかけるのだけど、最初はビビってからしは少なめに。あん料理に酢はあうのはもうわかっていて好きなので躊躇いなく描ける。うん美味い。ん、からしがいい感じかもしれない。もっとからしを酢で溶かしてかける。これは美味しい。あんの味がくどいわけではないけど、さっぱりするというか風味が広がるというか。最初はノーマルを味わうべきだろと半分ぐらい食べてからかけたけど、最初からで十分。これは美味しい。満足して昼食終了。
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| ちょっと量が少ないかなと思ったけど、十分お腹いっぱいになった。チャーハンも気になる。土日はチャーハンはメニューから消えるみたいだし。 |
お腹もいっぱいになったので、駅へ戻りがてらみすゞ飴本舗へ。みすゞ飴はお土産に買おうと思い調べてみたら本店の建物がいい感じだったので近いし寄ってみた。
大正期に本社ビルとして建てられたものを本店として使っているそうで、外装もいいけど内装も雰囲気があって良かった。木造建築で「小さな玉砂利を混ぜたモルタルを壁に塗り、水を含んだ筆でモルタル部分を洗い落として玉砂利を浮き上がらせる工法(洗い出し)により、まるで石の表面のような造形に仕上げています。」とのこと(飯田商店の登録有形文化財より https://misuzuame.com/column/436/)。道路拡張時に建て替えると補助金が出たらしいけど、曳家してまで残してくれたおかげで、こんな立派な建物を今も見ることができるのは嬉しい。入り口に近づいたらドアガール?がドアを開けて迎え入れてくれた。店を間違えたかと思った。みすゞ飴とその関連商品とジャムがメイン商品かな。地元産の果物を使ったジャムも昔から作っているそうだ。喫茶コーナーとかあったらまったりしたかった。上田でしか手に入らない「できたてみすゞ飴」と比較のために普通のみすゞ飴をお土産に買った。帰ってきてすぐ食べたけど、できたてみすゞ飴が違うかというと違いはそんなに感じなかった。少し柔らかいかなといった感じ。まあ気分の問題だよね。別に値段が高いわけではないし。
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| 本当に石造りっぽくてしみじみみたけどよくわからなかった。本当は左右対称だったけど曳家をした時に間口が狭くなり、向かって右側を1m切ったそうだ。 |
本店の裏に分店と工場があって、この建物は繭蔵だそうだ。当時は駅から出荷する繭を保管する蔵が多く駅前に建っていたそうだが、使用されなくなり取り壊しが進んできたそうだ。残った蔵を買い取って修復して使用しているそうだ。昭和40年代にこれを残して使おうと考えた2代目社長はすごいと思う。
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| 店事務棟・作業棟として使っているそうだ。繭を乾燥させるための暖房用の煙突が特徴だそうだ。 |
今回のもう一つの目的。別所線に乗りに駅に行く。別会社だから当たり前といえば当たり前なのかもしれないけど、新幹線としなの鉄道は乗り換え口があるわけではないんだ。新幹線の改札を出て通路を歩き、階段を上がるとその先にしなの鉄道の改札口がある。さらにその先に上田電鉄の改札があった。ガチャポンコーナと焼き鳥屋の間に小さく窓口と改札がある。ちょうどよく4,5分後に出る電車があった。外湯入浴券つき切符を買うために窓口に並んだけど、窓口業務も兼ねていそうな駅員さんは改札業務をしていて切符が買えない。ま、次でもいいかと思っていたら改札が一段落したのか窓口に戻ってきた。前に並んでいた高校生ぐらいの子が切符を買う。大学入学共通テストの日の切符を買いに来たみたいだ。そういえば明日明後日はテストの日だった。それにしてもテストの日の切符を事前に買うんだ。そういうものなのかな?切符は買わなかったのでわからなかったけど、QRコードが印刷されていてそれをリーダにかざす方式のようだ。TicketQRというアプリも使えてこちらはバスも使えるそうだ。これを開発し運用している会社も地元だそうで長野のポテンシャルの高さを感じた。上田を出ると高架出発時の高さを保ったまま千曲川に差し掛かり千曲川橋梁で渡る。災害から復活して良かった。河床が低下しているので橋脚の補修をしているようだ。西に走り山を避けるように南下し、また西に向かって別所温泉に到着。
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| カラフルだけどそんなに特色のない電車。ロングシートが3人づつついたてのある形。このラッピングはレイラインのかな?レイラインの考えはあまり好きではない。 |
駅の今の建屋は戦後に建てられたもののようで、看板などが昔の雰囲気になっている。でも無人駅。観光案内所があるけど、張り紙が多く中がどんななのかはわからなかった。
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| 別所温泉駅。いい感じです。 |
丸窓電車が展示されている。中を見てサマーウォーズだと思ったけど、映画の中では模した電車だったんだ。でも見られて良かった。
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| 残っていて嬉しいけど、屋根もなく今後どうなるか不安。 |
思ったよりお客さんが多く、乗り降りもあったけど別所温泉まで大きな荷物を持ったお客さんも多かった。もっと寂れたところかと思っていたら、平日なのにお客さんは結構いると感じた。駅前は寂しく温泉はどこだ?という感じ。温泉のお客さんたちは宿の送迎バスですぐいなくなった。温泉街までは徒歩10分ぐらい。山が迫ってきて温泉街。外湯は三つあるけどとりあえず大師湯へ。掛け流しだけど小さいので人がまだいないだろうと真っ先に。先客一人。外観も中もいい。ほんのり硫黄の匂いのする温泉は優しい感じ。私的にはちょっとぬるめ。長湯したくなるけどもう一つ行きたいのでさっさと出る。出るときにもう一人お客さん。
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| なんともいい感じ。外湯は300円。 |
せっかくだから北向観音へお参りへ。善光寺との両詣りがよく片詣りは避けるべきとのことだったから行かないつもりだったけど、そのうち善光寺も行ってみようと思うのでお参りを。こちらをお参りして善光寺のご開帳へ向かった人が善光寺地震にあったけど助かったということでそういう話になっているそうだ。高台にあるので塩田平を見ていたら眼下の駐車場に源泉が。3号源泉と4号源泉の建物があった。
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| 3号源泉大師湯だけに行ってるみたいだ。泉質はそう変わらないみたいだけど。 |
その先橋の下を見ると建物があり、のぞいてみると多分噂の洗い場。これは珍しいと思う。
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| 洗い場。きれいになっているので今も使われているのではないかと思う。 |
ちょっと歩いて大湯へ向かう。営業している宿屋が多く、お客さんも出たり入ったりしている。大賑わいではないけど鄙びた温泉街という感じでいい。お店なんかは少ないから温泉入ってまったりするところなのかなと思う。大湯は小さめの銭湯ぐらいの広さがあり、露天風呂がある。眺めはないけど内湯であったまって、外でまったりするという自分の好きなスタイルで入れるので良かった。タオルを売っていたので購入。200円。宿屋に置いてある感じのタオルで別所温泉と入ってる。
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| こちらもいい感じ。三つとも統一で300円だそうだ。 |
温泉に入って気持ちよく駅まで来たけど、次の電車は30分後だった。しみじみ駅舎を見るといい感じ
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| ここより先に行くと傾斜がキツくなるよっていう所の手前まで鉄道を伸ばしたような、駅舎を出るとすぐ階段な駅。 |
来た電車は丸窓を模した車両。別にとか思ってたけど、なんだか嬉しくて写真を撮る。
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| 真円ではなく楕円なんだな。 |
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| 内側から見るとこんな感じ。シール?を貼ってあるのかな。 |
上田駅に戻ってお土産屋を覗いたりしてたけど、もうお腹空いたので夕食へ。駅からすぐの中村屋へ。馬肉うどんも上田の名物と出てくるけど、駅周辺はこのお店ぐらいなのかな。馬肉うどん+ミニ天丼を注文。正直期待してなかったけど、濃い味の汁がうまい。うどんも汁を吸ってうまい。馬肉だけで出汁をとっているらしい。馬肉は硬くなっているわけではないけど歯応えもあり美味しい。で、これは食べたことなかったけど懐かしいと感じた。なんでだろう。思いつかない。実家で馬肉を煮たり焼いたりしたものを食べていたのか?冷奴に辛子がついてきた。昼の焼きそばもからし酢だったしこのあたりの人は辛子が好きなのかな。ちなみに辛子でも冷奴は美味しかった。
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| うどんだけでもお腹いっぱいになったかも。美味しかった。 |
これで今日は終了のつもりだったけど、新幹線の時間まで3時間以上ある。外は真っ暗だし、施設はだいたい閉館している。飲み屋に行く気もないし、時間があれば行きたかった信濃国分寺跡に行ってみることにした。しなの鉄道で隣の駅。ちょっとびっくり。しなの鉄道はスイカ等電子マネーが使えない。今度の春ぐらいから使えるようになるみたいだけど。切符を買って乗車。真っ暗だけど、公園なので犬の散歩をしている人などいて入っても大丈夫だと安心して入る。懐中電灯を手に跡を見ていく。基本は武蔵国分寺跡と同じ配置のようで、暗くても配置は確認できた。跡内を鉄道と国道が横切っているのは残念。それも斜めだからわかりにくい。鉄道は地下道で反対側に行けるようになっている。南大門跡は家が立っていてわからない。尼寺跡では経蔵も確認されているようだ。武蔵国分寺では多分あったはずと書いてあったと思う。敷地の境界と思われるところにドウダンツツジが植えてあってわかりやすかった。信濃国分寺資料館はもちろんやってなく、これは見たかった。国分寺跡に関するだけではなく古代の上田の展示もこちらだそうだ。資料館から国道を渡ったところには瓦窯跡観察施設がある。国分寺修復のために瓦を焼いた窯の跡でこれを見学できる施設だそうだ。これも見たかったけどもちろんやってない。近くに窯跡が見つかっているのはここだけらしい。武蔵国分寺では埼玉で多く焼いてたと書かれていたと思う。
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| 信濃国分尼寺跡。こちらは石碑が立っていた。 |
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| 信濃国分寺跡。こちらは石碑とかは見つからなかった。 |
満足して駅に戻り電車で上田に戻る。それでも新幹線まで2時間以上ある。上田電鉄改札脇の焼き鳥屋さんの美味だれ焼き鳥が美味しいと聞いていたので持ち帰りで買ってみる。新幹線の中で食べようかとも考えていたけど、多分匂いが強いだろうからやめておこうと駅前のベンチで食べる。美味しい。美味しいけどニンニク強めの焼肉のたれという感じかな。お土産でたれを買っておいたので家で色々試してみようと思う。
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| 持っていたら冷めてしまった。焼きたてだったら、また違った味わいなのかも。 |
大きな水車が気になったので説明を読むと駅前を流れているのは枡網用水という歴史ある用水だそうだ。今は駅前は暗渠が多くなっているけど現役の用水らしい。この用水を利用して養鯉や製糸を行っていたらしい。それのつながりで繭蔵とかできてきたのか?
まだ時間がある。上田城を尼ヶ淵側から見上げてないのでそれを見にいくことにする。途中の上田交通管理の駐車場は湾曲していて真田傍陽線の跡だと思う。上田城に近づくと明るい。櫓をライトアップしていた。ライトアップはあまり好きじゃないけどこれはしっかりみることができて嬉しかった。千曲川の分流が流れていてこちらの守りは鉄壁だったようだけど、出水すれば崖が削られて崩れるという諸刃の剣で苦労したようだ。こちらの石垣は敵に対するものというより、川の侵食を防止するものだそうだ。大規模に崩れた時に大規模補修が入ったけど予算の関係か高さが違うところがあったりする所が面白かった。
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| 下から見上げると迫力ある。それもここは川の淵だったわけだし。右の櫓の下は元から石垣がなかったらしい。コンクリ吹付で補修してある。 |
しなの鉄道を渡り、新幹線をくぐり川方面に行き、元日本タバコの敷地にあるアリオを通り駅に向かう。アリオだけでなく上田市の美術館などもありかなり広い。寒かったので建物内に入るとほっとする。そのまま温泉口から上田駅に入った。まだ時間があるけどもう流石に行くところがないし、疲れたのでおしまいにする。改札に入ってNewDaysの土産屋さんを覗いて待合室を探したら改札外にしかない。ホームの待合室は寒いし。もうしょうがないので待つ。40分ほど待ち無事新幹線に乗れた。ガラガラで自分の車両は3人ほどしか乗車してなかった。
楽しかった。仕事の間にスマホで調べた情報をもとに回っただけだけど充実した1日だった。仕事に車で来たことは何度もあったけど街歩きをする時間はなかったので、歴史があり史跡が多いとは思っていなかった。楽しかったし、長野って文化度が高いとは言われているけど、本当にそうかもしれないと思える1日だった。